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マスターズ・トーナメントについて

シーズン最初に開催されるメジャートーナメントがマスターズです。4月に行なわれるマスターズ。ゴルフファン誰もが今年最初にメジャーを制するのは誰かと朝早くに起き、目をコスリながらテレビに釘付けになります。

テレビに映し出される美しい草花に見とれるのはゴルフファンばかりではありません。たまたまチャンネルを合わせてしまった人も魅了してしまうほどの美しいゴルフコース、それがオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブです。

マスターズ・トーナメントについて/項目

オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ

マスターズが開催されるコースは、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ。ジョージア州オーガスタのもともと果樹園の地に世界有数のゴルフ場を造ることを決めることになります。ゴルフ場建設にあたってうってつけの起伏や小川があり、「ゴルフ場を作るために待っていたのではないか」とボビー・ジョーンズに言わしめるくらいの場所だったのです。

このコースはボビー・ジョーンズが長年思い描いて造ったコースです。設計はアリスター・マッケンジー。マッケンジーは一般のゴルフ場にありがちな人工的な部分を極力無くすコース設計で、地形をそのまま利用し自然に溶け込む設計スタイルでした。

「ゴルフコースに向かない場所には作らない」ことがマッケンジーの方針で、これがボビー・ジョーンズの理想「ゴルフの聖地セントアンドリュース」と重なったところもあったのでしょう。手を組むことになりました。

(※最初、ボビー・ジョーンズは当時有名だったドナルド・ロスに設計してもらおうと考えたようですが、自分の考えを変えない設計者だったため意見の衝突を避けロスを断念しています。)

オーガスタの聖者たち

ボビー・ジョーンズはじめクリフォード・ロバーツら5人が出資者となり、この365エーカーという広大な土地を(東京ドーム約32個分)当時のお金で7万ドルで手に入れます。(ただ、ボビー・ジョーンズはお金を一切払っていないということです。)

ラフを極力少なくしロストボールの煩わしさをなくし、無駄なバンカーも作らないようにして(オリジナルでは36箇所のバンカーであったが14箇所を埋めて22箇所になる)、自然のアンジュレーションを生かし、楽しくラウンドできるが、ミスをすれば罰を払うようなコースを作り上げました。(ベン・ホーガンがラフを伸ばして欲しいと申し入れたこともあったそうです。)1933年に正式オープンしました。(1932年12月に一部オープン)

オープン当初は、アウトとインが反対になっています。これはボビー・ジョーンズの意向でそうなったのですが、結局マッケンジーの設計通りに戻しています。(寒い時期、早い時間帯には霜が下りてしまうが太陽光でスタートを早くできるため。)

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マスターズ誕生

ボビー・ジョーンズはオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで全米オープンを開催しようとします。しかし、それは叶いませんでした。というのも皆さんご存知の通り、オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブは夏場はクローズしているゴルフコースだからです。全米オープンの暑い時期はプレーできる環境になかったわけです。

それならばということで、美しい花が咲き誇る4月に招待トーナメントを行なうということで動き出しました。それが「オーガスタ・ナショナル・インビテーション・トーナメント」として始まりました。しかし、クリフォード・ロバーツは別名を用意していました。それが「マスターズ」です。

「マスターズ」名称の歴史

第一回大会は1934年に開催されます。そのとき大会名をゴルフのマスターが集結する大会ということで「マスターズ」と提案したクリフォード・ロバーツでしたが、ボビー・ジョーンズが反対します。あまりにもおこがましいというか思い上がっているという理由だったようですが、1938年には正式に「マスターズ」が大会名になります。

マスターズという正式な大会名になったにもかかわらず、ボビー・ジョーンズは長い間「マスターズ」とは呼ばず、「いわゆるマスターズ」と言っていたそうですから彼の奢らない性格が垣間見えます。

資金難だったトーナメント

運営資金のため、ボビー・ジョーンズは第一回大会から出場することになります。ボビーが出場するのかしないのかで運営資金が大きく変わってくるからです。トーナメント出場は4年ぶりのことで、オーガスタ・ナショナルGCの建設に忙しい日々を送ってきたボビー・ジョーンズ。結果は13位と芳しくないものでした。

注目され正式な大会になっても運営資金の問題は残っていました。そのため賞金はメンバーのポケットマネー(手出し)でまかなっていました。オーガスタのメンバーはかなりの資産家や大企業の経営者がいましたのでそれが可能になったわけですが、それでも苦しい懐事情だったようです。

「パトロン」と呼ぶ由縁

すべてにおいてパーフェクトを求めるクリフォード・ロバーツが小さなところにもこだわって開催したトーナメントなので当然お金は足りない状況にあったようです。しかし、このクリフォード・ロバーツの考えが今でも色濃く残り世界有数のトーナメントになったことは確かです。

現在では入場料から経費を引いて賞金が決められる形で後決めの賞金額になります。変則的な形のような気がしますが、よく考えるともっとも合理的な賞金だと思います。マスターズでは観客のことをギャラリーとは言わず「パトロン」と呼ぶ由縁がそこにはあります。

ジーン・サラゼンのダブルイーグル

マスターズといえば、どこかのホールで大歓声があがる場面がよくあります。すばらしいプレーが起きやすいのか、それとも選手たちのマスターズに掛ける気持ちがそのようなプレーにつながるのか、おそらくどちらも間違っていないと思います。

マスターズをトーナメントを不動の地位にしたのは、1935年第2回大会のジーン・サラゼンのダブルイーグル(アルバトロス)が大変有名です。そのときトップに立っていたクレイグ・ウッドが18番でバーディを奪いまだプレー中のサラゼンよりも3打離してホールアウトします。サラゼンは15番ホールパー5をプレー中です。

サラゼンはクレイグ・ウッドがバーディでホールアウトしたことをパトロンの歓声で知ることになったはずです。サラゼンは諦めることなくセカンドショットを果敢に攻め、なんと直接カップに入れてダブルイーグルを決めます。翌日のプレーオフに追い込み勝利を収めることになります。このときからマスターズのドラマチックなプレーが始まり、今もなお受け継がれています。

もしも、コースのアウトとインを反対にしていたのであれば現在のようなドラマチックなプレーを見ることはできなかったはずです。そのためマッケンジーの当初設計がいかに素晴らしいものだったのかを裏付けることにもなりました。

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